熊野古道5 岸和田から泉佐野へ

地元、岸和田にも池田王子跡がありますが、府道から少し離れているようで、場所がわかりませんでした。市内を抜けるのに約1時間30分かかりましたが、道中、熊野古道にまつわる史跡はほとんど無く、写真を殆ど撮らずに、ひたすら歩いていました。

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9時44分 貝塚市へ。すぐの所に浅字川王子があったようですが、今は工場の敷地内とか。

A
堂ノ池の交差点で府道から別れて池沿いの道を歩くと、5分ほどで半田一里塚に着きます。説明板には、ほぼ完全な形で残っているとありました。いにしえの旅人も、ここで体を休めたのでしょう。

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B
水間鉄道の踏切を渡って貝塚中央病院の前を過ぎると、木々が生い茂った小道が、なだらかに登っています。
長谷川ノ坂と言われているとか。

C
阪和線を渡ってしばらく歩くと、だんじり囃子が聞こえてきました。チョット寄り道してみると、子供たちが鳴り物の練習をしているところでした。
この辺りの祭りは10月上旬です。

回り道をして正福寺(鞍持王子跡?)の前を通り、南近義神社へ向かいます。


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D
10時57分 南近義神社。案内板に、鞍持王子と近木王子が合祀されている。とありました。

ここでチョット休憩と思ったのですが、境内にはベンチが無く、ゆっくりと腰を下ろす場所がありません。

民家が密集する狭い道を歩くと見出川に出合います。この辺りに鶴原王子(貝田王子)があったそうですが、場所については諸説あるようです。貝田橋を渡ると、これまでと違って開けた感じになります。

平安時代、この辺りは垣田野の呼ばれ、桓武天皇が猟をした記録があるそうです。


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E
11時54分 佐野王子跡着。
案内板には、「熊野街道にあった熊野九十九王子社の一つであって、後鳥羽院熊野御幸記に建仁元年十月七日御参詣のことが記されているほか、たびたび御幸を数えたと思われる由緒ある史蹟である。ここに石祠を安置して後白河天皇を奉祀する佐野王子神社があったが、明治四十一年春日神社に合祀された。昭和二十年に石碑が建てられた。」と、ありました。

今日はここまで。鳳から泉佐野まで、約28キロの街道歩きでした。


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