熊野古道1 渡辺の津から四天王寺へ

この春 NHKBSでテニスの森上亜希子さんが、熊野古道を歩いていたので、秋になったら歩いてみようと思い、色々調べていましたが、取り敢えず、インターネットで手に入れた地図を頼りに歩いてみました。

2010年9月4日 朝一番の列車で天満橋へ向かい、始業前の静かなビジネス街を抜けて、川沿いの遊歩道に向かいます。

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熊野古道のスタートは大川の八軒家浜付近。昔、京都の貴族が、ここまで船で下ってきたとか。「渡辺の津」の石碑が目印です。


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A
京阪電車の天満橋駅を巻くように歩いて、土佐堀通りに出ます。交差点を渡って西に向かうと、昆布屋さんの店先に「八軒家船着場の跡」の石碑が立っています。

蝦夷の地から北前船で運ばれてきた昆布は、三十石船で京都と大阪に広まったのでしょうか。

坂本龍馬も歩いた?土佐堀通り。彼が生きた時代にも、熊野詣では盛んだったのかな。


B
昆布屋さんからさらに西に歩いて最初の交差点に、大阪市が平成2年に立てた、「熊野かいどう」の起点を示す石碑があります。

南の方に目を向けると、緩やかな上り坂になっていて、ここが、上町台地の北端であることがわります。
7時29分 熊野に向けて出発。

C
ビジネス街をひたすら南下。途中、北大江公園、中大江公園を経て、約30分で南大江公園に到着。この辺りに、坂口王子があったそうで、石碑と案内板がありました。


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D
ここにも、立派な「熊野かいどう」の碑があります。チョットお金を掛けすぎでは・・・。

E
南下してきた御祓筋が狭くなる所の交差点に、手作りの案内板があります。この先には、榎木大明神があり、道は階段になっていて長堀通りに出ます。
長堀と言うことは、昔は本当に低地になっていて、歩くことが出来なかったのでしょうか、熊野街道は、ここから東に向かって谷町筋を越え、五十軒筋を空堀通りまで南下します。


F
上汐町筋に入ってすぐに虫籠窓「むしこまど」を備えた、民家を発見。この辺りまで来ると、庶民が住む住宅街となります。

街道筋には、歴史を感じさせる建物が残っていますが、往時の面影は全くありません。ただ、上町台地の地形は古の頃から変わっていないような気がします。

G
上汐町筋を南下すると、四天王寺に突き当たります。熊野詣での人々は、ここの五重塔を目指して歩いたのでしょうか。